進歩と向上の勘違い。。。

こんにちは。もたん(@eva_motan)です。

 



 

こんな記事を読みました。

>>半日ちょっとでAmazonから荷物が届く社会は狂っている

しろくまさんのブログです。

 

簡単に言うと、人間の生活の店舗がどんどん早くなっている。
だけど、ものには限度があるんじゃない?
って、おはなし。

 

ひたすら上向きのベクトルの良し悪し。。。

ぼくも、日々同じことを感じています。

例えば。。。

  • 前述のアマゾンの翌日配送。
  • コンビニの24時間営業。
  • ATMの24時間営業。
  • ファミレスの24時間営業

確かに便利。だけど、昔なかった。

 

企業はコストを払ってこれらを維持しています。

これって本当に必要なんでしょか。
これって、永遠にお客様にコミットできるものなんでしょうか。

利便性以外の方法でかけているコストを、顧客に還元することはできないでしょうか。

 

時間だけじゃない。。。上向きのベクトル。。。

時間だけじゃありません。

経済成長なんて言葉もそうです。
そもそも、成長が永遠に続くわけないのです。

そもそも「経済成長」って言葉も謎のことばで、単に市場規模が増えているだけ。
個々人の生活が潤うことと直結するわけではないのです。

それに、おのずと一人あたりに必要な経済規模も適正なレンジがあるはずで。。。

それを考えずに、ひたすら数字を追い求めることの悲しさ。

 

 

上向きベクトルがいいという思い込み。。。

誰も経済成長や24時間営業なんて、頼んでないんです。
まず、足元、平穏に暮らせることが急務。

でも、せかせかすると何かいいことありそうな気がして。

みんな、そう思い込んで慌てているから。
自分だけ周りに置いていかれて損をする気がして。

足を止められなくなっただけ。

 

 

そんなこんなで。。。

単純な数値目標(増加または効率化などの減少)のベクトルだけでコントロールできるほど、世の中あまくはなくなりました。

わかりやすい目標も必要ですが、これからは少し異なる切り口で、価値を還元していく工夫が必要だなと思ったのでした。

ではでは。

 

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ホームページが、情報量に流されないための工夫。。。

こんにちは。もたん(@eva_motan)です。

3連休最後だななんて思いながら、プロボノの打ち合わせに行きました。

連休の最終日に出かけるなんて、自分も思えばかなりアクティブになりました。

 



 

 

かなり昔、子供の頃は休みといえばテレビ三昧。

だいたい朝の8時からアニメ、10時代は時代劇。
お昼をはさんで、また2時から時代劇。

どんだけ、時代劇好きなんだ。。。少年。。。
(^◇^;)

その他、Nスペもよく見たし、テレビからかなりの情報を仕入れることができました。

テレビをつけっ放しということが、教育上もプラスの時代でした。

でもいまは時代が違います。

 

今は、垂れ流しの情報を受け取るには量が多すぎる。

紅白歌合戦なんかがいい例です。

紅白の曲をだいたいみんな曲を知っていた時代から、
いまは見たい歌手だけを見るのが主流。

だって、知らない歌ばかり。
種類が増えすぎて、もはや全体感を掴むのは難しいのです。
そもそも後輩たちは、ガキ使を見るので紅白は見ないそうだし。

テレビにつけても、情報の取捨選択が前提となっているわけです。

 

ホームページも、ブログも、最初に選ばれる必要がある。

テレビが果たしていた情報垂れ流しの役割を今はネットが受け継いています。

テレビですら、取捨選択の対象となった今、ネットではより一目を引く必要があります。

 

自分が利用者になった時の目線で言葉を選ぶ。

  • 専門用語を使わない。
  • サービスそのものだけでなく、ニーズに関する言葉(困りごとの内容など)を検索されることを意識する。
  • 多少の避難は覚悟で、目を引きやすい言葉を使う。

こうした、日々の積み重ねがホームページ、ブログの過去記事の資産価値を高めていきます。

ひとつ一つの情報量は少なくとも、それを積み重ねたものがホームページの価値になります。

 

ではでは。

 

 

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Facebookのフランス国旗に思う。。。まだべき論で消耗してるの。。。

こんにちは。もたん(@eva_motan)です。

 

ここ最近、Facebookのプロフィール写真をトリコロールにする件がたくさん論じられてます。

何となくですが、批判的な論調が多い感じ。

  • いわくテロと戦っている人をおとしめている。。。
  • 本気で追悼している人がどれだけいるのか。。。

でも、これってどうなんでしょう。。。

 

 



 

論じている人って、フランス国民じゃないよね。。。

違和感あるのは、いわゆる今回の事件と関わりのなさそうな方が、華々しく論じている点。

目にしたCNNの記事にしたって、アメリカの放送局の記事にアメリカの大学の先生がコメントしてるわけで。

 

 

本当のフランス国民でもない人が、成り代わって代弁してどうするんでしょう。

 

 

「写真のフランス国旗化」と「その行為自体の是非を論じること」は同レベル。

大した思いも持たない人が写真を国旗カラーにすることは、何の意味もないという人います。

そういうのであれば、大して真剣に考えていない人がその行為の是非を論じること自体も意味がない。

 

踊る大走査線ではありませんが、事件は現場で起こっているのです。

現場に何らかのアクションを起こすことを意図していないのであれば、結局一緒です。

 

ついでにいうと、「祈りを他者に表明する必要はない」と書いた記事もあったけれど、

あなたの論調を他者に表明していただく必要もない、と思うのはぼくだけ?

 

 

自分の意見の表明を、べき論にしようとするな

この手の話は、必ず賛否起こります。それ自体は正常なこと。

嫌なのは、自分の意見を世の「べき論」として持っていく人。

 

事象を概念や方針として類型化する行為は、物事を効率的に進めたり、一つの方向に動かすのに役に立ちます。

でも、本件の是非を整理して、結局どうなるんでしょう。

結局、だれも救われない。(=というか、救われたかどうか検証も出来ないし。)

 

そんな、べき論、いりませんから。

 

 

そんなこんなで。。。

本件論じている暇があるなら、商売でも、ボランティアでも、趣味でもいい。

自分の出来ることを一生懸命しましょう。

行動のみが、世の中を変えられるのです。

 

最後にイケハヤさんの記事リンクをぶっ込み。。。

>>アイコンをフランス国旗にする理由は、人それぞれです。怒る話ではない。

 

ではでは。

 

 

 

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